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狂骨の夢 感想

 狂骨の夢  京極夏彦  おはこんばんわ。カノンさんですよ。 狂骨の夢 2回目読了したので感想を書きます。  以下ネタバレ  全二作とは趣きを変えた意欲作です。 魍魎の匣が傑作だったので、がらりと雰囲気を変えたのかもしれないですね。 フロイトやキリスト教など、今までの日本的なものからモチーフも変えています。そのせいか若干、狂骨のイメージがあまり上手くわかないです。  ですが、後半は急に日本的な内容になってきます。唐突な感じがしないでもないです。  ミステリーとしてはテンポもよく、最初から入れ替わりを示唆してるので、面白く読めます。  どれが真実で、どれが妄想なのか、めくるめく目眩のような小説です。  魍魎の匣からの継続を匂わせるのは、宗教的なことに多大なページをさいていることです。 しかし、前2作と同じくアンチミステリーであることには違いありません。 左右対称の家が隣同士に建っているなんて、思い浮かばないwwwしかもそれらしいヒントもなにもないwww  西洋的な物事に憧れつつも、日本的なことに落ち着いた、小説の時代背景に沿った終わり方のような気もします。  ではではまたね。

魍魎の匣 感想

 魍魎の匣 京極夏彦 おはこんハロチャオ(o^^o) カノンさんですよ!!  京極堂シリーズ第二作 京極堂シリーズもしくは京極夏彦先生の最高傑作とも呼ばれている小説です!  以降ネタバレあり  以降のシリーズの骨格をなす作品です。 1 姑獲鳥の夏は関口の視点のみだったが、魍魎の匣から事件に関わる様々な人の視点が入るようになった。 2 時系列通りに書かれなくなる 3 複数の事件が複雑に絡まって進む 4 作中作がでてくる。(小説によっては犯人視点、コナンくんでいう犯人の犯沢さん視点であるwww)  そんな感じで、京極堂シリーズの書き方が整えられたようです。  魍魎の匣が名作なのは周知の事実ですが、それは冒頭から読者を異界に誘うことが成功してるからです。冒頭の文章は不思議な始まり方をします。手記のような日記のようなそんな文章で始まります。汽車のなか、向かいn座った男から、ツボが入りそうな手軽な匣の中身を見せてもらいます。日本人形のような顔だ。胸から上だけが匣の中に入っている。娘もにっこり笑って、「ほう、」と、云った。ああ、生きている。  日記のような、手記のような、装飾が少ない文章だからこそ、読者は細部まで自分の経験に合わせて想像できてしまう。それゆえに、読者は異界へと踏み込んでしまう。    以降のシリーズにも出てくる登場人物も出てきます。 関口の担当編集者の小泉。赤井書房の鳥口。弁護士の増岡。神奈川県警の石井。  四人ともに個性の強い人物で、その後のシリーズにはなくてはならないキャラとなります。 とくに今回の作品では、鳥口が宗教という難題を京極堂にぶつけているのが見どころの一つでもあります。ある意味、宗教も魍魎なのでしょう。  今回も家族がテーマだと思います。四組の家族が出てきます。楠本頼子家、柚木加菜子家、美馬坂陽子家、久保竣公家の四組である。     どの家族も様々な問題を抱えているのだが、その問題が表面化せず感じることが少ないのが、不思議なことに柚木加菜子家なのである。雨宮という血のつながりのない、不思議な男により絶妙なバランスを保っているのです。だからこそ、雨宮は彼岸しまった。それは愛なのかもしれない。姑獲鳥の夏の藤牧牧朗と同じ世界に生きていたのだろう。常識の外、でも犯罪ではない心の世界。藤牧は母を敬愛していた。だからこそ研究に没頭...

姑獲鳥の夏 感想

 姑獲鳥の夏 京極夏彦作  おはこんばんわ。 カノンさんですよ! 京極夏彦の姑獲鳥の夏を再読したので、感想を書きます。      ネタバレ注意⚠️  京極夏彦といえば、長い小説で有名ですが、実際は1冊の文量として長いというのが、正しいですね。  姑獲鳥の夏も、小説を読み慣れていない人には長く感じますが、活字中毒者には普通の文量ですね。  ですが、真夏の眩暈を起こすような暑さを、言葉の文量で、読者に与える稀有な小説です。特にカッパノベル版だと、上下に文章が記載されているので、文章の波に溺れるような気分になります。本の体裁によって、読後感が変わることを教えてくれた一冊です。  長く続くシリーズですが主要なメンバーはほぼ登場します。登場人物の性格も大体完成されていますが、榎木津と木場修の二人は固まりきっていないように感じます。  不思議なことなどないと、京極堂は言い放ちますが、関口も読者も全面的に納得しているわけではありません。なぜなら、榎木津という不思議能力を持っている人物がいるからです。榎木津の能力を単純に体質だからと言われて、納得できるものではないですねwww  その納得できない事柄があるので、十月十日を過ぎても産まれてこない赤子がいるのではないか?それに伴い姑獲鳥も、何よりも鬼子はいるのではないか?と関口も読者も思うのです。  そして僕らは、関口の眼を通してこの忌まわしい雑司ヶ谷の事件を体験するのである。  これは、母娘そして家族の物語である。 だからこそ、関口と僕らは、超常的な妖怪的な物によってうやむやな救いを求めるのだ。  だが、京極堂はそんなあやふやな状態を許さない。京極堂によって全ての謎は解き明かされる。  妖怪はいなく、悲しみだけが残るのだが、関口は家族のもとに戻り、姑獲鳥の夏は終わるのである。  忘れてはいけないことは、姑獲鳥の夏はアンチミステリなのである。それを忘れてはいけない。  ではではまたね。