書評 百器徒然袋 京極夏彦

 書評

百器徒然袋 京極夏彦


 鳴釜 瓶長 山嵐の三篇からなる中編集


この中では、鳴釜、山嵐は有名な妖怪であるだろう。鳴釜は神事にも登場する、釜から音を出すとされる妖怪だ。山嵐は文字通り、山に吹く嵐を擬人化したような妖怪として知られている。さらに動物の名前でも有名である。

 瓶長はなかなか聞かない妖怪の名前である。

それに同調しているかわからないが、瓶長がなかなか奇天烈な物語になっている。屋敷中に瓶がある。圧巻とも壮観とも言えるかもしれないが、一言でいえば、気味が悪い。異様さが出ている。多いというのは、それが過ぎれば過ぎるほど、薄気味悪いものだろう。数多くあれば、まずはその多さに驚き薄気味悪くなる。その後段々と慣れてくるのだが、落ち着いた頭で、なぜここまで多いのだろうかと考える。当然誰かが集めていることに思い至るのだが、集める理由が思い当たらない。それ故に蒐集家の顔にモヤがかかる。人物像を思い浮かべようとすればするほど、薄気味悪さが拭いきれなくなる。屋敷中に所狭しと並べられた瓶の異様さだけでなく、そこで起こる出来事もまた奇想天外である。亀を探す探偵助手。タイ大使館からの依頼で青磁の瓶を探す骨董屋。カメカメ尽くしの奇妙な事件である。

 だが、そんなことをお構いなしに、壊すのがこの物語の探偵である、榎木津礼二郎だ。

この小説は、新たな助手?新たな生贄?新たな榎木津礼二郎の下僕が、榎木津礼二郎に関わった軌跡を描いた物語である。

 サクッとどの事件も、解決しているが、事件の内容は大きなものもある。だが、どの事件も榎木津礼二郎が、暴れて終わる。瓶のように壊れるものがあれば壊すし、悪人がいれば暴力で解決する。本編とはまた違った、スカッとする終わり方である。

 されど、最近の本編よりウンチク部分が軽快で心地よい。カメとビンの違いと、招き猫は左を上げてる?それとも右手を上げてる?など主題は軽く内容は軽妙なスタンスだ。

 シリーズの外伝らしく、本編を読んでいなくても、楽しめる作品になっている。本編の明るい部分を集めてできたような中編である。

 京極堂シリーズのファンはもちろん、未読者も気軽に楽しめる、まさに美味しいところ取りの一冊と言える。

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