映画 八犬伝

 原作の山田風太郎先生の八犬伝も滝沢馬琴の南総里見八犬伝も読んだことがあるので、原作と比較してレビューを書こうと思う。原作を読んで、この映画を観ると、単なる原作のPR動画としか思えない。「詳しくは原作を読んでね!」てテロップが流れてもおかしくない出来である。

 南総里見八犬伝は長いので、読む時間がなければ、Wikipediaでもこの映画より詳しい。

 山田風太郎先生の八犬伝を原作にしているというが、大事なところを端折りすぎで勿体無い。例えば、渡辺崋山が出ているが、彼の最後を描かなければ、セリフの重みが全くわからなくなってしまう。

 配役は現在これ以上ないというくらい素晴らしい配役だ。さらに演技も素晴らしい。おしむらくは、映画という短い時間での作品だったことだろう。

 お路がどんな人物であったかさえわからない。原作ではされていた、馬琴と北斎の対比も上手くできていない。

 だが、原作を気にせずに観れば、映像は素晴らしいし、役者さんたちの演技も素晴らしい。南総里見八犬伝と八犬伝を読むきっかけ作りとしては、素晴らしい作品だ。映画のお陰で、南総里見八犬伝関連の書籍や雑誌の特集も増えたので、PR動画映画としては完璧な出来であり、成果だっただろう。

 演出的に良かったところは、虚と実の入れ替えと、虚の世界でのセリフまわしだ。だが、八犬伝の原作を読んだ身で言わせてもらえれば、むしろラストシーンを演出させるためなら、「虚の世界」「実の世界」とテロップを流して、最後の「虚実冥合」をわかりやすくするべきである。

 ※四谷信濃に引越ししてからの映像は明るさと光に満ち溢れている。それは虚実冥合を表現しているのか?それともお路の心情か?さらには馬琴が盲目になった世界との対比なのだろうか?

 山田風太郎先生は「実は、私の発想のもとは、「作家」と「作品」の関係を書いてみたい、ということにあった」と八犬伝について書いている。このテーマを映画では書ききることは出来なかった。映画ではなく全10 回くらいでお金をかけて映像化すれば、素晴らしい作品に仕上がったと思える。ある意味残念な作品だ。

 

 

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