姑獲鳥の夏 感想
姑獲鳥の夏
京極夏彦作
おはこんばんわ。
カノンさんですよ!
京極夏彦の姑獲鳥の夏を再読したので、感想を書きます。
ネタバレ注意⚠️
京極夏彦といえば、長い小説で有名ですが、実際は1冊の文量として長いというのが、正しいですね。
姑獲鳥の夏も、小説を読み慣れていない人には長く感じますが、活字中毒者には普通の文量ですね。
ですが、真夏の眩暈を起こすような暑さを、言葉の文量で、読者に与える稀有な小説です。特にカッパノベル版だと、上下に文章が記載されているので、文章の波に溺れるような気分になります。本の体裁によって、読後感が変わることを教えてくれた一冊です。
長く続くシリーズですが主要なメンバーはほぼ登場します。登場人物の性格も大体完成されていますが、榎木津と木場修の二人は固まりきっていないように感じます。
不思議なことなどないと、京極堂は言い放ちますが、関口も読者も全面的に納得しているわけではありません。なぜなら、榎木津という不思議能力を持っている人物がいるからです。榎木津の能力を単純に体質だからと言われて、納得できるものではないですねwww
その納得できない事柄があるので、十月十日を過ぎても産まれてこない赤子がいるのではないか?それに伴い姑獲鳥も、何よりも鬼子はいるのではないか?と関口も読者も思うのです。
そして僕らは、関口の眼を通してこの忌まわしい雑司ヶ谷の事件を体験するのである。
これは、母娘そして家族の物語である。
だからこそ、関口と僕らは、超常的な妖怪的な物によってうやむやな救いを求めるのだ。
だが、京極堂はそんなあやふやな状態を許さない。京極堂によって全ての謎は解き明かされる。
妖怪はいなく、悲しみだけが残るのだが、関口は家族のもとに戻り、姑獲鳥の夏は終わるのである。
忘れてはいけないことは、姑獲鳥の夏はアンチミステリなのである。それを忘れてはいけない。
ではではまたね。
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